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2026.01.18

ボッチャ日本選手権 選手生命の危機乗り越え内田(大阪体育大学大学院)が4度目の日本一 どん底から復活遂げる

 TOYOTApresents第27回日本ボッチャ選手権大会が1月17~18日、愛知県豊田市のスカイホール豊田で行われました。パリ?パラリンピックに出場した後、原因不明の痛みのために長期入院して前回大会を欠場し、一時は選手生命も危ぶまれた内田峻介(大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科博士前期課程1年)が2年ぶりに出場。BC4クラスの決勝で東京パラリンピック代表の江崎駿(トランコム)を5‐3で降して2年ぶり4回目の優勝を果たし、どん底からの復活を遂げました。

内田峻介(左)。準決勝で激戦を演じた高田信之(SFC)と 笑顔で健闘を讃え合う【大阪体育大学】

内田峻介(左)。準決勝で激戦を演じた高田信之(SFC)と 笑顔で健闘を讃え合う

しびれる試合の連続。スーパーショットで逆転


 内田は17日のグループリーグD組を8‐0、11‐0の2戦全勝で通過し、18日の準決勝ではA組1位で前回優勝の高田信之(SFC)と対戦しました。1‐2の劣勢で迎えた最終第4エンドの4投目でスーパーショット。白のジャックボールと青のマイボールの上にボールを乗せて重ねるライジングを決め、3‐2で逆転勝利を収めました。決勝は、第1エンドで4点を先取。第2、第3エンドはショットの精度を欠いて0‐2、0‐1と1点差に迫られましたが、第4エンドで気持ちを切り替え、1‐0として逃げ切り。試合後は「昨年はけがで出られずに苦しい1年だったが、リベンジを目標に結果にこだわってきた。どの試合もしびれる戦いで、優勝して素直にうれしい」と笑顔が弾けました。

内田峻介(大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科博士前期課程1年) 【大阪体育大学】

内田峻介(大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科博士前期課程1年)

原因不明の痛みで長期入院「本当に治るのか」


 内田は2022年世界選手権の金メダリスト。2021年東京パラリンピックでは開会式で聖火の点火者を、2024年パリ?パラリンピックではボッチャ日本代表の主将を務めました。
 原因不明の痛みが腰に発生したのはパリからの帰国後間もなくのことです。入院生活を余儀なくされ、3連覇中だった昨年1月の日本選手権を棄権しました。入院が長引き、「本当に治るのか、治ったとしても選手を続けられるのかどうかすごく不安で、苦しかった」といいます。医師や理学療法士とともに試行錯誤しながら、治療やリハビリに取り組み、約5か月間を経て、退院しました。
 その後は、再び世界で金メダルを目指すためにはどうすれば良いのか熟考し、卒業後は最適な環境だと考えた大阪体育大学大学院に入学しました。これまで通りアダプテッド?スポーツ部に所属。恩師で日本ボッチャ協会強化本部長の曽根裕二教育学部准教授の指導を受けながら練習し、2028年ロサンゼルス?パラリンピックを目指す。昨年6月の西日本ブロック予選会を勝ち抜いて、2年ぶりの日本選手権出場を決めました。

コーチを務めた河名奏哲さん(教育学部2年、山口?西京高校、左)、田中天晴さん(教育学部2年、和歌山?神島高校)と 【大阪体育大学】

コーチを務めた河名奏哲さん(教育学部2年、山口?西京高校、左)、田中天晴さん(教育学部2年、和歌山?神島高校)と

2度、どん底からはい上がる


 内田は2度、どん底からはい上がりました。
 1度目は大学3年生だった、パリ?パラリンピック前年の2023年12月。アジア?オセアニア選手権(香港)でBC4クラス(重度四肢機能障がい=非脳原性疾患)のクラス分け審査を受けると、「出場資格なし」(NE)と判定されました。NEと2度判定されると、その判定が確定し、ボッチャの公式戦に出場できなくなってしまいます。このため、24年3月の代表選考会(ポルトガル)への派遣を見送られました。
 NEと判定された後は「これからどうなるのか、自分の未来が真っ白になった感じで本当に苦しかった」といいます。最終的に、4月のワールドカップ(カナダ)に派遣されて審査を受けると、判定が「出場資格あり」と覆りました。閉ざされかけた国際大会への扉が開かれ、悲願のパリ?パラリンピック出場を果たしました。

好ショットを決め、雄たけびをあげる 【大阪体育大学】

好ショットを決め、雄たけびをあげる

なぜ、2度とも絶望しなかったのか


 なぜ、2度のどん底に落ちたときに絶望せず、はい上がることができたのでしょうか。内田は「チームのみんなのおかげ」と言い切ります。アダプテッド?スポーツ部の仲間や大学の友人が『大丈夫だよ』『治るよ』『治ったらご飯に行こう』と言葉をかけ続けてくれました。
 内田が退院し競技に復帰した3月から、アダプテッド?スポーツ部の後輩の河名奏哲(そうてつ)さん(教育学部2年、山口?西京高校)、田中天晴(てんせい)さん(教育学部2年、和歌山?神島高校)がコーチを務めています。普段の練習はもちろん、大会のたびに帯同し、試合ではアドバイス役を務め、「チーム内田」としてサポートしています。以前、コーチを務めすでに卒業した部員もいまだに連絡をくれるといいます。

表彰式。大会は2022年度から「TOYOTA presents」として開催され、かんぽ生命保険、明治ホールディングス、花王、NEC、JR東日本、イオン、ヤマハ発動機など多数の企業が協賛する 【大阪体育大学】

表彰式。大会は2022年度から「TOYOTA presents」として開催され、かんぽ生命保険、明治ホールディングス、花王、NEC、JR東日本、イオン、ヤマハ発動機など多数の企業が協賛する

コーチ役の学生に支えられ


 河名さんは内田が復帰した時、「長くボッチャから離れていてメンタルが弱っているというか、不安を感じている」と感じたといい、「一緒に練習するうちに何とか立て直した。今日は百点満点ではないが、内田さんらしい勝負強さがあった」と振り返りました。田中さんは「腰の痛みが再発するかどうか心配な中でのサポートだったが、優勝という結果を出せて本当にうれしい」と笑顔で語りました。

【大阪体育大学】

【大阪体育大学】

「シン内田」を見せる


 内田は試合後、「長い入院のために強化指定選手から外れたが、自分とじっくり向き合うこともできた。自分にとって、この5か月間があって良かったと思いたい」と振り返った後、「この優勝を新たなスタートにし、シン内田を見せたい」と宣言しました。
 2026年は8~9月の世界選手権(韓国?ソウル)、10月の愛知?名古屋パラ大会など国際大会が目白押しです。そして2028年ロサンゼルス?パラリンピック。「ロスを大きな目標とし、一歩一歩、目の前の試合を全力で戦いたい」。どん底から世界の頂点を目指します。

スカイホール豊田。2019年度から1回を除いて毎年会場となっている。大会中はボッチャパークとして体験会など様々なアクティビティを実施し、ボッチャの魅力を発信している 【大阪体育大学】

スカイホール豊田。2019年度から1回を除いて毎年会場となっている。大会中はボッチャパークとして体験会など様々なアクティビティを実施し、ボッチャの魅力を発信している

内田峻介(うちだ?しゅんすけ)
 2002年8月20日生まれ。山口県宇部市出身。山口県立山口南総合支援学校中学部2年からボッチャに本格的に取り組み、中学3年だった2017年、国を挙げた有望選手の発掘事業「ジャパン?ライジング?スター?プロジェクト」1期生に。山口南総合支援学校高等部1年の2018年、日本選手権で準優勝した。2021年4月、大阪体育大学教育学部に入学。2022年1月の日本選手権BC4クラスで初優勝。12月、世界選手権で個人金メダル、ペアはベスト4。2023年はワールドカップの個人で銀メダル、ペアで銅メダル。2024年1月の日本選手権で3連覇。24年、パリ?パラリンピックで個人11位。ボッチャ日本代表の主将を務めた。2025年4月、大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科に入学した。

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